高額所得(納税)者公示制度 #89

税金や会計のヒント

高額所得者

私が職場(税務署)に入ったころは、所得金額が1,000万円超の申告者の住所、氏名及び所得金額を、その年の5月16日から31日までの間、国税庁、国税局及び税務署が公示していました。税務署の出入口には、必ず掲示板が設置されていますが、そこに掲示するのです。

また、マスコミ向けのサービス(人気ネタです)として、全国トップ10などの情報も提供していました。

これは、「高額所得者の所得金額を公示することにより、第三者のチェックによる脱税けん制効果を狙う」ことが目的です。

毎年、発表時は、新聞・テレビ・雑誌などのマスコミに取り上げられますので、一躍「時の人」になられた方もいらっしゃいました。

なお、税務署が勝手にやっていたのではなく、そのような法律の条文があったのです。ちなみに、所得税法だけではなく、相続税法及び法人税法にも同様の定めがありました。

手作業での抽出

ただ、税務署では、この高額所得者を抽出する作業がたいへんでした。コンピュータがなかった時代です。すべて紙による申告ですので、職員総出で申告書を総めくりし、1,000万円超の申告書に付箋をつけていきます。

また、法律に条文があること、かつ、マスコミに公表することから、間違いは許されません。何度も、目を変えて見直します。きつい作業だった記憶があります。

報告期限は覚えておりませんが、公示日から逆算すると、おそらく4月中だったでしょう。

高額納税者

高度成長期、国民の所得が増えてくると、所得が1,000万円超の方はざらにいました。そのため、公示する人が毎年増え続け、私たちの負担も大きくなっていきます。

そこで、昭和58年からは、所得額基準から納税額基準に変更になりました。1,000万円という数字は変わりませんでしたので件数が大幅に減り、職員の負担も減りました。

さらにその後、オンライン制度が導入されたことから、コンピュータで対象者の名前が出力(カタカナ)できるようになりました。ただ、当時は今とは違い、入力する申告書は全件ではありませんでした。そのため、入力漏れがあるといけないということで、結局、申告書の総めくりは続けていました。

公示された方々の負担

公示された情報は、公示期間が過ぎると撤去されますが、この情報を毎年収集して市販する会社もあり、個人(お金持ち)を特定することは難しくありません。

そのため、高額所得(納税)者の方々はマスコミからの取材、団体・企業からの寄附の強要や営業攻勢・勧誘にさらされます。また、納税者とその親族が窃盗・誘拐などの犯罪に巻き込まれることもありました。

1,000万円超かどうかの基準日は、3月31日です。そのため、公示を嫌がる方々は、3月15日の期限内に少なく申告して、4月1日に修正申告されていました。延滞税(利子のようなもの)は払わなくてはなりませんし、場合によっては、過少申告加算税(罰金のようなもの)を支払わなくてはならないリスクもありました。それでも、高額納税者にとっては、安寧な生活が優先されるのでしょう。

公示制度の廃止

この制度は、個人情報保護などの観点から、平成16年分を最後に廃止されました。

公示直後は、「プライバシーの侵害だ!」などの苦情がいくつも税務署にありましたし、職員の事務負担が大きかったことから、私は、この制度が無くなって本当に良かったと考えています。

【編集後記】

昨日は、年金受給者の方から依頼され、所得税の確定申告書を作成してe-Taxで送信しました。

依頼があった際には、「私に頼むとお金がかかります。税務署に行けば無料で教えてくれますよ。」とお伝えしました。しかしその方は、毎年、税務署で申告されていましたが、待ち時間(駐車場に入るまで、受付から終了するまで)が長く、ずっと苦痛だったとのことでした。

「来年もお願いします。」と言われ、喜んでいただいたことを嬉しく思いました。

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